本学会の芽生えは,昭和35年から開かれていた起立性調節障害研究会に於いて,その循環動態についての話題が興味を呼んだことに始まる.そして,昭和37年秋,元理事長大国真彦教授ら4名の有志が世話人となって,小児循環器研究会の開催を呼びかけ,昭和38年4月2日に初会合が開かれた.それを受けて昭和40年5月17日第1回小児循環器研究会総会が,本学会の前身として,名古屋国際ホテルで故永山徳郎教授,泉 幸雄教授を世話人として開催された.更に同年7月16日には東京エーザイホールで談話会と称して会合が持たれ,本研究会(学会)のスタートが確かなものとなった.この年は,米国では小児循環器学の母と称せられるJohns HopkinsのHelen Taussig教授がAmerican Heart Associationの会長を務めた年であり,我が国でも遅ればせながら小児循環器学が学問の一つとして誕生した年である.以来,学園紛争の影響を受けた年もあったが,毎年学術集会を開催,第13回(昭和52年)から日本小児循環器研究会とし,第17回(昭和56年)からは現在の日本小児循環器学会となり現在に至っている.この間,世界の同志との連携を深め世界大会が開催されるようになり,我が国からも多数が参加している.1980年にはLondonで第1回目のWorld Congress of Pediatric Cardiologyが開催され,4年に一度の開催で,New York,Bangkokと続き,次のParisでは外科との共同開催となり,1997年には本学会が基盤となって今井康晴理事,門間和夫理事を会長として,2nd World Congress of Pediatric Cardiology and Pediatric Cardiac SurgeryをHawaiiで開催し,2,000余名の参加者を得て大好評であった.

 これら学会活動と研究成果の公表の場として,昭和60年から本学会の機関誌として日本小児循環器学会雑誌の定期発行を始め,現在までに17巻を完了,現在年6号の学会誌となっている.国際的貢献として,World Congress of Pediatric Cardiology and Pediatric Cardiac Surgeryの実行委員として今井康晴理事,門間和夫理事が参加し,本学会理事,評議員の中から,この分野では権威ある欧文誌のPaediatric Cardiology,Cardiology in the Young,などにEditorやEditorial Board Memberとして編集に携わっている.

 現在の会員は2,100名余で,主たる構成は小児科(内科)医が約3/4,外科医が1/4,その他,となっている.また,毎年の学術集会総会では1,000名を越す医学研究者が参加し,また,同時に開催される看護部門の学術集会にも200~300名の参加を得ている.世界的に見ても一つの国でこのように組織を持つ国はなく,本学会はこの分野では名実共に世界で唯一の学会となっている.