会長講演 
心臓病のこども達によりよい未来を—気合いと試行錯誤から調和とエビデンスへ—
八木原俊克
国立循環器病センター副院長
 1984年 8 月,当時既に質・量ともに本邦有数の診療実績を上げていた国立循環器病センター心臓血管外科に赴任した.当時から小児心臓外科は固有の病棟を持たずにほぼ完全に小児科と連携した診療を行っていた.1 年後に内藤泰顕先生の後任として小児心臓外科のチーフになってから 1~2 年たった頃,小児科部長の神谷哲郎先生の部屋に呼ばれた.「先生はなかなか理屈っぽい外科医ですね,理屈に必要なデータは揃えますから,外科的治療はすべて任せます.ただし,もし重症だからという理由で手術を避けるようなら他の病院でやって下さい.重症の心臓病のこども達には遅かれ早かれ死が待っているのですから,何もしなければ,何も残りません.」と言い渡された.冒頭の言葉はいい意味にとらえ,その後の言葉は叱咤激励と信頼への可能性ととらえ,以来,重症先天性心疾患の外科治療開発・確立がわれわれ外科医の責務と考えて挑戦的な外科治療に積極的に取り組んできた.この間,外科治療への思考と鍛錬に勤しんだのはもちろんであるが,まだよく分からないことが余りに多いために,患者・家族への説明は理屈っぽくなりがちで,最終的には理解してもらうというよりは外科医がどういう意気込みで手術に取り組もうとしているのかを伝える気合いが重要であり,説明には時間を惜しまなかった.すべては気合いと試行錯誤から始まったといえる.
 徐々に新しい知見が得られ,屁理屈は少しずつ確信に変わっていき,エビデンスが蓄積,治療成績は階段を上るように向上した.しかし,運良く救命できたこども達を外来で診ると,細かなものから重篤なものまでさまざまな遺残症や続発症がみられ,再手術や運動制限などへの過度の不安などのこころの問題を含めて,原因の一つは気合いと試行錯誤の後遺症でもあった.外科治療の結果に対する評価者は患者家族であるのは当然であるが,気合いの説明のお陰か余程のことがない限り甘い点を与えてくれる.すべての外科医,レジデント,麻酔科医,集中治療医なども時には評価者の役割を果たしてくれるが,最も厳しい評価者は小児科医であった.言葉数は少なく,常に遠慮気味ではあるが,彼らの行う検査結果は遠慮会釈なく事実を語ってくれ,診断技術の進歩によってそれは年々雄弁になっていった.そのうち小児科医がカテーテル治療という新しい治療手段を手に入れ,同時に革新的な薬物治療も徐々に知見が蓄積し,いつの間にか小児科との連携作業は,一緒に協調する作業に代わり,新しい調和が求められるようになっていった.
 私と国立循環器病センターの同僚外科医が気合いと試行錯誤の経験を通じて,さらに,小児科医と切磋琢磨しながら連携・協調して得たエビデンスについてこの四半世紀を総括し,心臓病のこども達によりよい未来を獲得するための一考として,会長講演に代えたい.

 今回の話に関連するすべての患者さんとご家族,そして常に協力的だったすべての外科医,小児科医,麻酔科医,集中治療医,周産期医,看護師,臨床工学技士など数多くの同僚にこの場を借りて感謝の意を表したい.


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