日本小児循環器学会雑誌 第25巻 第5号 2009年

大阪府立母子保健総合医療センター心臓血管外科
岸本 英文

 二千数百年前のインドの聖典,バガヴァッド・ギーターによりますと,何事も純質(サットヴァ),激質(ラジャス),暗質(タマス)の 3 つの構成要素(グナ)から成り立っているといいます.純質から知識が生じ,激質から貪欲が生じ,暗質から怠慢と迷妄と無知が生ずるとされています1).左心低形成症候群の外科治療の変遷をこの 3 つの構成要素から考えてみます.
 左心低形成症候群の外科治療の最終目標はFontan型手術ですが,それまでにさまざまなpalliation(症状寛解,Fontan手術への準備)手術が必要です.1981年,Norwoodらは,大動脈弓から細い上行大動脈にかけて肺動脈幹を吻合して大動脈を再建し,新大動脈から肺動脈へ人工血管を用いて短絡路(BT shunt)を作成して最初の成功例を報告しました2).以来,わが国でも多くの施設でこの手術がチャレンジされるようになりましたが,その成績は惨憺たるものでした.やってもやっても台上死という,外科医としてはまさに“暗質”の時代でした.
 私は,国立循環器病センター勤務時代に,無脾症候群の赤ちゃんを診ていて 1 つのことに気づきました.肺動脈閉鎖の赤ちゃんはそのほとんどが乳児期になるまでに死亡し,その多くは共通房室弁の逆流が増加していました.一方,肺動脈狭窄あるいは肺動脈絞扼術後の赤ちゃんの多くは 1 歳の誕生日を迎えることができ,しかも共通房室弁の逆流が増加することが少ないという事実です.ほとんどが台上死している左心低形成症候群に対して,BT shuntの代わりにRV-PA conduitを設置して肺動脈狭窄(肺動脈絞扼術後)の状態にすれば助けることができる!と確信したのでした.また未熟児(低出生体重児)の動脈管開存(PDA)の体循環の悪さ,頭の血流までも拡張期に引き込まれるという事実から,PDAと同じBT shuntが体循環に与える悪影響に注目しました.
 私が大阪府立母子保健総合医療センターに異動した翌年の1992年に,異種心膜で作製した径 6mmの 3 弁付きロールをRV-PA conduitとして用いて最初の手術生存を得ました.この方法は予想したとおり,これまでのBT shuntによるNorwood手術とは全く違う体外循環からの立ち上がりでした.術後管理も容易で,新生児期の 2 心室修復術後並みの良好な経過でした.これまでのNorwood手術とは異なる経過でしたので,これは新しい術式であると考え,何とか“Kishimotoの手術”として名を残したいと考え,できない英語で 7 例の手術生存をまとめて投稿しました.7 年の月日が過ぎました.まさに“激質”の時代でした.しかし,BT shuntによるNorwood手術でも,当時かなり成績が向上してきておりましたので,無名の私が“RV-PA conduitによるNorwood手術”を発表しても,だれも受理してくれませんでした.1999年に,Journal of Thoracic Cardiovascular Surgeryに“The modified Norwood palliation on a beating heart”とタイトルを変えて投稿し,やっと受理されました3).
 わが国で再開されたRV-PA conduitによるNorwood手術は,2000年頃より左心低形成症候群に対する第一期手術として,欧米でも広く行われるようになりました.本術式では体循環の拡張期血圧が低下しないため,肺血流量が多少過大であっても手術生存できる点がピットフォールかもしれません.心室容量負荷による三尖弁の閉鎖不全が増強し,さらなる右室容積の増大,心機能の低下から遠隔死亡する症例が見られました.
 これに対し,新生児期の体外循環を避けて第一期手術として両側肺動脈絞扼術を行い,心室の容量負荷を新生児期早期から減じる,あるいは肺血管抵抗の減少に伴う容量負荷の増大を防止する方法があります.動脈管の長期の開存のためには,ステントを留置する方法と,PGE1の持続投与により次のNorwood手術まで待機する方法がとられています.そして第二期手術のNorwood手術時の肺血流路として,BT shuntやRV-PA conduitではなく,いきなりGlenn手術を行うと心室の容量負荷を一気に軽減することができます.PGE1の持続投与を行った場合は,第二期手術まで長期の入院が必要となり,点滴ルートの長期維持,静脈血栓,カテーテル感染などの問題に加え,動脈管の狭小化による体心室不全,突然死の問題があります.しかし,Norwood手術と同時にGlenn手術を行う方法は,赤ちゃんの小さな心臓に負担をかけることの少ない優れた治療方法と考えます.
 現在,左心低形成症候群に対する新生児期の第一期手術としては,BT shuntあるいはRV-PA conduitによるNorwood手術と,新生児期の開心術を避けて第一期手術として両側肺動脈絞扼術を行う方法に大別されます.さらに,両側肺動脈絞扼術後のNorwood手術時に,肺への血流路としてBT shuntあるいはRV-PA conduitを選択する方法と,Glenn手術を行う方法があります.どの治療手段も,それなりに利点,欠点があります.現時点では,あえてこれ 1 つが最良の方法とこだわるのではなく,生まれてきた赤ちゃんの状態を考え,それぞれの施設,術者,チームの力量に応じて治療方法を選択することが大切であると考えます.そして手術後に,赤ちゃんの体重が増え,元気な笑顔で 1 歳の誕生日を迎えることができれば,これこそが“純質”の治療方法といえるのではないでしょうか.