日本小児循環器学会雑誌 第24巻 第1号 2008年

福岡市立こども病院心臓血管外科
角 秀秋

 右心バイパス手術は今や複雑心奇形の外科治療体系の柱となっているが,その理論と臨床はこの半世紀の間に大きく変化してきた.右心室の働きがなくても静脈圧だけで肺に血液が流れることは1950年初頭から知られていた.米国のGlennは多数のイヌで周到な実験を行い,1958年に 7 歳の単心室例で右肺動脈を上大静脈に端側吻合する手術に成功した.部分的右心バイパスであるグレン手術は,当時はチアノーゼを軽減する姑息手術と位置付けられており,根治手術時のtakedownの煩雑性から体肺短絡手術ほど普及することはなかった.しかし,同じチアノーゼ軽減手術である体肺短絡手術は心室に容量負荷がかかる手術であるのに対し,グレン手術は容量負荷軽減手術である利点があり,完全右心バイパスであるフォンタン手術の前段階手術としての意義が高い.
 フォンタン手術は,三尖弁閉鎖に対する右房-肺動脈吻合による機能的根治手術として1971年にフランスのFontanにより報告された.肺への駆出心室がないフォンタン循環は,脊椎動物にはみられない特殊な循環系で,当初は右房収縮は必須のものと考えられており,肺血流路に逆流防止弁を付けたり,駆出心腔として右心室の一部を利用する術式がとられていた.“The ten commandments”にも正常サイズの右心房がフォンタン手術適応条件として示されている.しかしながら,1988年の英国のde Leval1)による大静脈-肺動脈連結法(TCPC)の提唱により,フォンタン循環の概念が一変した.de Levalは,フォンタン循環においては肺への駆出心腔(driving chamber)は不要であることを流体力学的実験にて証明し,同じ論文のなかで20例の心房内側方トンネル(LT)法による臨床応用を報告した.1990年にはイタリアのMarcellettiが人工血管を用いた心外導管(EC)法によるTCPCを発表した.LT法とEC法の優劣については未だに議論の多いところであるが,最近ではEC法がやや優勢のようである.
 最近のフォンタン手術成績は極めて良好であり,術後 5 年以上経過したEC法126例の筆者らの経験では2),術後10年で94%の生存率,84%の術後合併症非発生率である.術後の中心静脈圧は平均9.9mmHg,心係数は平均3.6と血行動態的にも良い数値を示している.臨床症状もNYHA I 度が91%であり,これらの結果は他の複雑心奇形の 2 心室修復術後の結果と同等と思われる.心負荷が残存する可能性が高い 2 心室修復術を選択するより,フォンタン手術を目指す治療戦略をとったほうが長期予後が改善する可能性がある.“良い”フォンタン手術は,“まあまあ”の 2 心室修復術を凌駕するかもしれない.
 フォンタン患者の良いQOLとはいったいどのような状態を指すのであろうか.通常の心臓手術後患者のように日常の生活制限や運動制限がなく,内服薬フリーの状態であろうか.どんなに良い状態のフォンタン循環でも,やはり単心室循環であることを銘記すべきである.
 “良い”フォンタン循環とは,肺血管抵抗が低く,体心室機能が良く,心房負荷がない循環動態であり,これを長期間維持させることがフォンタン患者の生存率を向上させ,術後遠隔期の蛋白漏出性胃腸症,低酸素血症,心機能低下,不整脈,血栓症などさまざまな続発症を防止することにつながる.良いフォンタン循環を達成するためには,新生児期からの計画的治療戦略により良いフォンタン手術を行うことは論を俟たないが,フォンタン術後も抗凝固療法,後負荷軽減療法などの薬物療法や日常生活指導などの厳重な管理体制を構築することがフォンタン患者の将来には不可欠と思われる.TCPCによるフォンタン患者が30年後も充実した生活を送ってくれることを願ってやまない.