日本小児循環器学会雑誌 第24巻 第4号 2008年

国立循環器病センター心臓血管外科
八木原俊克

 日本小児循環器学会は2006年NPO化し,いよいよ専門医制度が本格的に始まり飛躍の時期を迎えている.2008年 5 月の韓国・済州島でのThe Second Asia-Pacific Congress of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery,7 月の郡山での第44回学術集会をみても,活気あふれた領域であることを実感できたことは,大変喜ばしいことである.本来,学会の役割は専門領域における学術討論と教育企画をとおしてこの領域の診療の質の向上に資することと考えられるが,NPO化後の本学会定款には,「広く一般市民に対して,小児循環器学についての学術研究および教育普及活動等を行うことで,医療水準の向上と人材の育成を図り,もって国民の健康増進に寄与することを目的とする」とある.すなわち,本学会は,専門医制度を開始するためにNPO化したとはいえ,これを契機に,学問と教育,診療問題を検討する,どちらかといえば会員のための学会から,社会に広告できる専門的医師としての「専門医」の認定と育成を通じて,小児循環器疾患診療の質の向上を図って社会に貢献しようとする,いわば社会のための学会へと方向転換したことになる.NPOの本質は組織・運営の標準化と透明化であることを考えると,社会の目を意識した視線でこの専門医制度を維持・運営することのみならず,学術集会も透明化に向けて改革していく必要がある.

 ひと足先に発足した心臓血管外科専門医制度は日本胸部外科学会,日本心臓血管外科学会,日本血管外科学会の 3 学会がNPO化し,3 学会構成の心臓血管外科専門医認定機構を立ち上げて運営されている.いよいよ来春は専門医誕生後 5 年目を迎え,本年秋から最初の更新申請手続きが始まる.この間に社会との関連に関していくつかの貴重な経験をし,各学会では委員会を増やして対策を講じてきたので紹介する.議論を呼んだものの一つとしては2004年のT医科大学心臓手術事件がある.これは,事後調査委員会の報告書の中に,技術と知識が未熟,とされた専門医に対し,機構は苦渋の決断として資格停止を通告し,再教育を勧めた.この専門医はその後,しかるべき再研修を受けた後に再申請して承認され,最近,機構はこの経緯を記者会見して説明した.
 日本胸部外科学会学術調査では,本邦における年間 5 万件程度の心臓大血管手術の成績分析を行っているが,昨今における心臓外科における医療の透明性と説明責任を果たす観点から,2000~2004年の 5 年間の施設手術件数と死亡率との関係を分析し,手術件数が少ない施設では,成績が良好な施設もあるが死亡率が高い施設が散見され,施設における症例数と死亡率は,特定の手術でみると有意の負の相関が見られたことを2007年に公表している.この事実に基づき,日本胸部外科学会,日本心臓血管外科学会,および心臓血管外科専門医認定機構では,心臓血管外科診療の質の向上と,良質な心臓血管外科専門医育成のために施設の集約化を模索しはじめ,とりあえずの対策として年間の心臓手術件数が25例未満の施設では,心臓手術については2010年から専門医研修実績として認めないことをHPで通告している.一方,日本心臓血管外科手術データベース機構では欧米のシステムと連携して,成人手術については2001年からデータ集積を始めているが,本年からは先天性心臓血管外科データベースも立ち上がって来年からのデータ集積開始を目指して準備作業が進められている.このデータベース機構もrisk analysisなどの学術的意義に留まらず,site visitなどの日常業務を通じて心臓血管外科領域の施設の標準化や透明化に大きく貢献することが期待されている.
 また,日本胸部外科学会では同時に,現状の医療環境改善と,より質の良い医療の提供を目指して,臨床工学技士,clerk,coordinatorなどの関連職種の増員を提言することのみならず,physician assistant(PA)やnurse practitionerなどの新しい職種導入の提案も視野に入れた医業の分業化を真剣に検討し,政策提言に向けた本格的活動を始めている.

 さて,ここで翻ってもう一度日本小児循環器学会と専門医制度をみてみることにしよう.小児科医を対象とした専門医制度であり外科系の専門医育成をどうするかは今後の課題として積み残されており,学術調査については種々の理由からまだまだ困難が予想され,学術集会の標準化や,診療報酬関連の施策対策等々,検討すべき課題は少なくない.
 一方,専門医制度については心臓血管外科専門医制度のように多学会構成の機構のような中立組織を必要としない単一学会内の認定システムであるため,会員のためのシステムになる危険性があったが,学会構成員が小児循環器医のみならず,心臓外科医なども含まれているためか,学会内に元から自然に監査機能があり,自浄作用を発揮しやすい大きな特徴があり,完成度はかなり高いものと評価できる.この機能は日本Pediatric Interventional Cardiology研究会と共同してAmplatzer septal occluder導入の際の基準作成時にも発揮され,循環器内科の冠動脈ステント導入時の経緯とは大きく異なっている.
 そもそも近年における医療環境の急激な変遷は,1990年代の英国Bristol小児病院における小児心臓手術の成績をめぐって社会問題化した事件をはじめ,欧米でも本邦でもリスクの高い医療の典型として心臓手術が取り上げられ,社会的に話題になることが多い.一方で,小児循環器疾患,特に先天性心疾患は成人心疾患とは違った多様性や特殊性があり,小児科医,外科医,集中治療科医や麻酔科医,周産期科医など,複数の専門医師が一堂に会して日常の診療を行ってきた歴史的経緯があり,そのことは臨床現場における隠匿体質の排除に効果的であったと考えられる.このことはネガティブな効果として暗い話題を作る素因にもなり得るが,小児循環器領域は元々から高いレベルの透明性が維持されていたと理解できる.さらに,看護師や臨床工学技士,心理士,ソーシャルワーカーなど,極めて多くの職種の連携と協調という共同(協働)作業を行っている点で透明性では最も最先端をいく,極めて特殊な領域であると思われる.

 小生が小児心臓外科医として小児循環器診療と研究に携わってかれこれ30数年,この間における医療技術の進歩には目覚ましいものがある.診断技術と周辺医療機器は大きく進歩し,疾患ごとに治療体系が整理され,治療成績は向上し,その長期遠隔成績についても解析が進んでいる.しかしながら,この30余年間の着実な変遷よりも,この数年間における医療環境の変貌のほうが大きく感じられ,また,深刻である.しかしながら,最近の本学会の状況を考えながら,小児循環器領域で仕事をすることの誇りがまた一つ増えたような気がした.