日本小児循環器学会雑誌 第24巻 第6号 2008年

榊原記念病院特命顧問
龍野 勝彦

 心臓血管外科専門医の質を向上させ,国民により的確な医療が提供できる体制を作ることに異論のある人はいないであろう.このために専門医の認定制度を改定し,専門医に対するインセンティブを獲得することは,その目的を達成するための方策の両輪といえる.
 わが国の心臓血管外科専門医数は現在約2,000人である.全国の心臓血管外科手術数が末梢血管を含めてもおよそ80,000例であることから,専門医 1 人当たりの年間手術数は40例程度になる.
 心臓血管外科専門医認定機構は,2003年 4 月に修練施設の認定,そして2004年 4 月に専門医の認定を開始した.しかしその直後より専門医の質と認定方法について各方面から批判されて,規則改定を余儀なくされた.そこで機構では2005年,当時の北村惣一郎代表幹事が専門医の医療安全講習会への参加を更新条件に加えたのを皮切りに,専門医制度改革に乗り出した.まず修練施設の質を向上させるために,基幹施設の年間手術数を75例から100例に,関連施設では 0 から50例に増加させた.そして2006年には,専門医の新規認定条件の手術経験点数を250点から500点に倍増した.さらに筆者が代表幹事になってからも,専門医の更新条件に 5 年間で100例の手術経験を加えるなど改革を加速させた.
 このような矢継ぎ早の規則改定に対して,多くの専門医から地方施設の切り捨てとか,修練医の研修状況を無視した制度の朝令暮改であるといった批判が起きた.そうしたなかで今年2008年 4 月,修練施設の第 1 回の更新が行われ,関連施設数が142から99に,基幹施設が314から296に大幅に減少した.さらに来年は専門医の更新年に当たるが,最近のアンケートから専門医数が1,700人程度まで減少すると予測されており,制度改革の結果が早くも出はじめたといえる.
 だが冒頭でも述べたように専門医制度改革の真の目的は,国民に良質な医療を提供する制度をいかにして作るかということである.単純に専門医の数を減らせば,負担が心臓血管外科チーム全体に及ぶ.そのために少数の外科医が心臓手術に集中できる体制をどのように構築していくか考える必要がある.
 心臓手術では術者以外に外科医が 1~3 人,麻酔科医 1,2 人,看護師 2 人,臨床工学技士 1,2 人が必要である.さらに術後管理専門の医師や看護師の存在は欠かせない.心臓血管外科専門医数を減らすのなら,これら術中,術後管理を担う専門家を増やす必要がある.また循環器内科医や小児科医にも,今以上に周術期の患者管理に関わっていただく必要がある.すでに施設の集約化は始まっている,また心臓血管外科専門医数も近々減少する見込みである.今や早急にこれら外科関連医療者の増加,充実を関係各方面に働きかけていく時期にさしかかっている.
 心臓血管外科専門医制度改革のもう一つの目的である専門医に対するインセンティブについては,診療報酬上の加算と雇用の優遇がある.診療報酬上の加算についてはドクターフィーの導入が叫ばれているが,これは日本医師会が以前に提唱した特定専門医1)とほぼ同じである.わが国の保険制度や雇用制度の下では勤務医師自身に診療報酬が入るドクターフィーの仕組みそのものが馴染まない.
 保険加算のもう一つの方法は施設フィーである.これは数年前に一度実施された経緯がある.そのときは手術数の多い施設ほど手術成績が良いという考えに基づき,手術点数をあらかじめ下げてから基準以上の施設に 5%を加算した.術者については10年以上の「外科」の経験があればよく,心臓血管外科の専門医資格は問われなかった.結局この制度は,わが国では少手術施設の成績が悪いとはいえないと批判され,わずか 2 年で中止になった.
 しかし時代は変わった.専門医の質は度重なる制度改革で着実に向上してきている.わが国の診療報酬制度や雇用形態を考えた場合,専門医の存在を条件に含めた適正な施設フィーを導入するほうがよい.その場合,手術数だけでなく専門医の勤務数や臨床工学技士,術後管理専門の看護師の存在,修練医に対する教育の状況などを含め,施設全体の力量を総合的に評価して加算率を段階的に増加させるべきであろう.