日本小児循環器学会雑誌 第26巻 第2号 2010年

大阪大学医学部附属病院移植医療部
福嶌 教偉

はじめに
 欧米では,小児においても心臓移植は,末期的心不全の外科的治療として定着している.我が国では1999年に脳死臓器移植が開始されたが,小児に関しては,6歳未満の脳死判定基準がないこと,15歳未満の脳死臓器提供の意思が認められないことから,国内で心臓移植を受けた小児は3例に過ぎず,多くの小児が海外で心臓移植を受けてきた.
 現状を打開するために,「臓器の移植に関する法律」の改正法が2009年7月17日に公布され,2010年同日に施行される.改正法では,「本人の意思が不明な場合には,家族の書面による承諾で脳死臓器提供が可能」となり,臓器提供者(ドナー)の年齢制限がなくなるため,国内でも体の小さな小児が心臓移植を受けられるようになる.

日本人小児の心臓移植の現状
 日本小児循環器学会移植委員会の全国調査では,我が国で心臓移植適応の小児は毎年50例(10歳未満は30例)あり,拡張型心筋症(DCM),拘束型心筋症(RCM)が多い.
 1997年10月の臓器移植法施行後,2009年11月末までに日本循環器学会で15歳未満の小児76例が移植適応と判定された.そのうち,ネットワークに登録されたのは12例に過ぎず(国内移植3例,海外移植3例),36例が国内で登録せずに,海外渡航移植している.
 小児の海外渡航心臓移植数は1988年から2009年10月末までに78例,同法施行後に増加している.渡航先は米国,ドイツ等で,平均8.4歳,男児39例,DCM 53例,RCM 17例であった.26例がブリッジ症例であった.移植後12例が死亡したが,1,10および20年生存率はおのおの97.3,83.3%,および83.3%と非常に良い.

臓器移植法改正後の小児心臓移植の展望

1.小児の臓器提供の現状 現行法でも,心停止後の腎臓は家族の同意で提供できるので,年間数名の小児から腎臓が提供されている.その多くが脳死であり,家族が他の臓器の提供を希望しているので,現状でも年間数例の小児の心臓提供がある可能性がある.といっても,とても心臓移植希望者数には匹敵しない.

2.海外小児心臓移植の行方
 改正法が実施されても,小児の臓器提供が飛躍的に増加するとは考えられない.つまり,当面は,体の小さな小児は,今まで通り,海外に助かる道を探さざるを得ないであろう.しかし,現在日本人を受け入れてくれるのは,米国とカナダだけである.
 渡航移植については経済的・精神的支援ばかりが問題となっている.しかし,海外渡航移植を美化することは,日本の小児の脳死は否認し,欧米の小児の脳死を肯定するという,倫理的に重大な問題を抱えており,日本の子供が心臓移植を受けた分,その国の子供が心臓移植を受けられずに亡くなっていることを忘れてはならない.

3.我が国の小児臓器提供の課題と展望
 我が国で死亡する小児の多くは,1年間にほとんど小児死亡例のない病院で死亡している.また,小児の致死的な外傷・水難に対応できる病院も少ない.周産期の医療体制は進歩したため,1歳未満の死亡率は低いが,1~4歳の死亡率は高い.まず,小児集中治療室・救命センターや搬送手段の整備を行って,助けられる小児は確実に助けることのできる体制を作らなければならない.
 また,法改正の審議中,被虐待児の臓器提供の是非が話題となったが,死亡後を論ずるよりも,被虐待児(成人も)を生存中に虐待者から隔離して救命することの方が重要である.
 いかなる原因で死亡しても,愛児を失った家族の悲嘆はたとえられないほど大きなものである.そのような中で臓器提供するには,親が愛児の死を十分に納得していることが必須である.我が国では,家族を失いつつある,または失った人間の精神的ケア(グリーフケア)の体制が未発達である.看取りの医療も含め,家族のケアをする制度を,国をあげて作り上げることが先決である.小児の臓器提供を考えた場合,家族と同様,医療者も少なからずショックを受けていることが多く,その精神的なケアも重要である.

4.小児心臓移植実施に向けての移植施設側の体制整備
 法的に,小児の脳死臓器提供が可能になっても,我が国における心臓提供は少ないと考える.そのため,待機期間は長くなり,小児用の補助人工心臓の開発が必要である.また,長い待機に耐えられるような院内整備,またはサテライト病院体制を移植施設ごとに構築する必要がある.
 最後に,現在,既存の心臓移植施設を中心に,小児心臓移植実施施設の申請が始まろうとしている.移植医療は,無償の愛の上に成り立つ医療であり,その点を十分に理解した施設が行うべき医療であることを述べて,この巻頭言を終える.