教育講演 
小児循環器における法的リスクマネジメント2006
中村・平井・田邉法律事務所,医療法人今心会
田邉  昇
 医療におけるリスク管理がかまびすしく言われているが,製造業や金融・ビジネス,航空業界などのリスク管理の考え方は,必ずしも医療の世界に応用できるものではない.医療はサービス業としての揮発性,公益的事業として「逃げ」ができない点,健康保険という枷の中でのリスク管理費用の転嫁ができないこと等,さまざまな制約の中で大きな危険の中で生きているのである.
 近時は,医療訴訟が非常な勢いで増加しており,2004年には新受件数が年間1,000件を突破している.医療訴訟は債務不履行(民法415条)あるいは不法行為(民法709条)によって裁判上処理されるが,その要件は損害だけでなく,過失すなわち注意義務違反と,因果関係である.
 注意義務違反は近時,説明義務違反などの医療の中身以外にも厳しく指摘されるようになってきている.また,医療は専門職の重層構造であり,実際に事故を起こしたこのような者のみならず監督者も過失が問われることがある.
 裁判所の過失認定や,因果関係の認定は,医学的常識から乖離したものが多くみられ,当該事件の患者以外の臨床に支障が出る場合もある.学会および医師会は,不当な裁判結果に対しては,強く勧告等を提出して,医学的にも適正な判断を求めていくことが必要である.
 また,これとともに,医療行為が介入した不幸な事案については,一定の無過失給付も考慮するべきであろうが,国民すべての負担によるべきであって,単に医師等のみが負担する制度設計は妥当とは思えない.
 また,裁判による適正な判断は医療分野においては望みがたい現実を踏まえ,十分なコミュニケーションを患者側ととり,無用の紛争を惹起しない工夫・スキルが必要である.これらの技法は,患者第一主義といった精神論ではなく,ビジネス領域における顧客対応スキルと同様,心理学領域の専門家としての医師・看護師が修得,リファインし,系統的な技術水準として向上させていく必要がある.
 最近は医療事故も刑事事件として扱われることが多いが,業務上過失致死傷(211条)や医師法21条の異状死体の届出義務が問題になっている.刑事事件として起訴されると,必ず医道審議会に諮問されて医師免許が長期間停止になるから,争う余地があれば,和解が成立して遺族が100%宥恕しているような案件以外は十分に言い分を尽くすべきである.
 医療安全のためにはコストがかかる.本当に事故を減らしたいのであればまずは,診療報酬10倍増と,医師等の絶対的免責下でのヒューマンファクターについての詳細なリサーチが必要であろう.


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