特別講演 
心臓移植といのちの論理
東京外国語大学大学院教授
西谷 修
 専門の医師の方々の前でお話しするのは気後れしますが,現代の医療は,人間とは何か? 生きるとは? といった万人にかかわる問題を提起しているように思われますので,その観点からお話しさせていただきます.
 心臓移植がとりわけ重要な意味をもつのは,この療法がひとりの人間の治療では完結しないからだと思われます.医療は近代の科学技術に支えられて発展してきました.けれども科学の論理は,実は生命を視野の外に置いた物質一般のレベルを対象にしています.ところが,人が生きるのはあくまで個人としてであり,いのちはつねに一つひとつです.いま医療に根本的な問いの場になっているのは,そのズレのためだと思われます.それと同時に,産業経済のシステムが医療の方向を規定しているという問題もあります.人間に福音をもたらすはずの先端医療が,ある種の「居心地悪さ」をもたらしているとしたらそれはどこから来るのか,そのことを,医療の原点に立ち戻り,また現代医療の諸条件を見直すことで考えてみたいと思います.


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