日本小児循環器学会雑誌 第26巻 第3号 2010年

倉敷中央病院小児科
新垣 義夫

 人は時として“これだ”と思える本や出来事などに出合うことがある.理路整然とした講演を聴いたとき頭の中が整理されたようにすっきりとし,ある種の感動すら覚える.
 若いころ,学会発表に関して恩師である神谷哲郎先生から学んだことが3つある.一つ目は,定量化する工夫をする,二つ目は,学会発表は紙芝居のごとくスライドを説明するように話す,三つ目は,発表時間の(3分の2)枚の原稿用紙の字数で収める.
 非常に分かりやすいアドバイスで,しかも的を射ていた.その後,多くの方々に同じことを繰り返し伝えてきた.
 最近,1冊の本に出合った.木下是雄氏著の「理科系の作文技術」(中公新書)1)である.“これだったのか”と感じた.言っていることが同じである.ただ,この本の初版は1981年9月25日に発行された.私が神谷先生から教わったのが1973年なので,彼の方がはるかに早かったと思われる.ちなみに,この本は2008年12月5日までに63版が発行された.
 この本は,「理科系の作文技術」について実に多くのことを述べている.ぜひ,学会員の先生方に一読を薦める.
 われわれの書く「仕事の文書」とは,他人に読んでもらうためのものであり,相手が正しく理解しなければ役に立たない.間違いなく相手に通じるように表現しなければならない,と強調している.このことは話をする時,病状を説明する時,学会発表する時も同じである.
 このための理科系の「仕事の文書」の特徴として次のことを強調している.すなわち,読者に伝えるべき内容が,「事実(状況を含む)」と「意見(判断や予測を含む)」に限られ,「心情的要素を含まない」ことである.そして,理科系の「仕事の文書」を書くときの心得として,(1)主題について,述べるべき「事実」と「意見」を十分に精選すること,(2)「事実」と「意見」とを峻別しながら,「順序良く」,「明解・簡潔に記述」することとしている.
 「・・先生を受診し,心室中隔欠損と診断された」と,症例の紹介をすると,「もっと事実を中心に述べなさい,人の意見を聞いているのではない,意見なら事実に基づいた自分の意見を言いなさい」とよくたしなめられた.
 書くこと,言うことの内容の精選には書く人の力量が現れる.そして,「必要なことはもれなく記述」,「必要でないことは一つも書かない」ことが要求される.
 時間が限られた学会発表のみでなく,症例紹介や病状の説明などにおいても短時間で要領よく理解してもらうためには日頃からの努力が必要である.「事実」と「意見」を中心に,できるだけ「明解・簡潔なことば」を用いて,「順序良く」全体像がわかるように伝えることが大切である.
 順序良くとは,例えば下肢の所見から頭の所見に移り,それから胸部所見,口腔所見,腹部所見などとバラバラに記載されたり,話されたりしたら聞いている人たちは頭の中で振り回されて疲れてしまう.読むのを止めてしまう人も出るだろう.読者や聴く人が事実や意見を追いかけやすいように書く,話すことが大切である.
 読まれない文書,聴いてもらえない話ではなく,進んで読んでもらえる文書,聴いてもらえる話はお互いの意思疎通を良くする.さらに進んでお互いのディスカッションをしやすくし,それがさらに意思疎通を良くすることになる.「事実」と「意見」とを峻別しながら,「順序良く」,「明解・簡潔に記述」し,発表して,さらにディスカッションの時間を多くとるためにも,ぜひ,「理科系の作文技術」の一読を薦める.