日本小児循環器学会雑誌 第26巻 第4号 2010年
旭川医科大学小児科学講座
梶野 浩樹
近年,医学研究における疫学の重要性は皆が認識しているところです.各学会でも実態調査やコホート研究への取り組みが盛んです.小児科医が多く関わる行政事業においても同様で,厚生労働省の難治性疾患克服研究事業は様々な疾患の行政対策の基本として患者数の把握などの実態調査に重きがおかれ,環境省が開始した子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)は10万人規模の壮大なコホート研究です.また,そのどちらにおいても対象集団の遺伝子情報をもバンク化して,より先進的で有意義な研究に進展するための対策が講じられています.
先天性心疾患の疫学調査の試みも数多くありました.わが国においても当学会が中心となり厚生省研究班や遺伝子疫学委員会などによる調査が実施されてきました.心臓外科系の先生は詳細な手術症例データベースを確立し,現在全国に普及させているところです.また最近この先天性心疾患の分野でも疫学調査と遺伝子バンクを兼ねたプロジェクトを立ち上げた国もあると聞いています.そうした時代の中,当学会の小児内科系も新たな疫学調査を立ち上げることになりました.
この調査の設立の提案がなされたのは3年も前に遡ります.当時の学会理事長の中澤誠先生が学会の活動として小児内科系も心疾患発生の疫学調査を行う必要があるとして,調査開始の命を発しました.目標はpopulation-based study,つまり全数調査です.その実現は困難かもしれませんが,できるだけそれに近づく方法を練ることになり,先達である遺伝子疫学委員会の協力を得ながら,また実態調査委員会の委員として地方を代表する小児循環器の先生に意見をいただきながら,議論を重ねて参りました.アンケート用紙郵送による登録には大きな限界があるため,やはりインターネットを介した電子登録になるだろうということは自明でしたが,当初実態調査委員会の存在は学会内でも全く希薄で,当然特別な予算はありません.暗礁に乗り上げたまま1年以上が過ぎた頃,PCAPS統合化システムという研究事業を行っている東京大学工学部の協力が得られることになりました.PCAPSの説明は省略いたしますが,その組織がもつアプリケーションやサーバーを使用し,この調査が無償でできることになったのです.そこから紆余曲折がありつつも,調査の体裁をようやく整え,現在(平成22年5月)本学会のホームページに小児期発症心疾患実態調査の試験運用開始のアナウンスが掲載されました.学会員の皆様にはこの試験登録,そして今秋から開始予定の本登録において,患者情報の登録を是非お願いしたいと思っております.
この調査の目的は,日本における小児期に発症する心疾患の実数を知ること,心電図検診や乳幼児・学校健診,胎児心エコーの役割を知ること,それによって小児循環器医の仕事量の指標の一つを得ること,小児循環器医療体制の改善のための資料を得ること,そして学会員の希望に従い統計処理を行いそのデータを提供すること等です.ある地域では実質的な全数調査が可能かも知れず,それは過去にない貴重なデータとなるでしょう.
この調査“結果”が学会員にとって大きな利益になることは疑いありませんが,それは調査にかかる“労力”と天秤で比べられることになります.当然インターネット上のインターフェイスが良くなければ情報入力が進まないのも承知しております.その点が不十分であることの批判もありましょう.試験登録された先生はご存知のように,情報入力画面はインターネットのホームページからすぐに進めるというわけでもなく,カード型データベースソフトウェアのように1人の患者情報を1ページで俯瞰できるような仕様にはなっておりません.しかし,それはこの調査が単なる実数調査ではなく,将来的に薬物治療や外科治療などの成績を含めた予後の調査に発展した場合に備えて,このアプリケーションの能力を維持しておく必要があるためとご承知おきください.
この調査はまだ開始されたばかりです.幾多の改訂が求められると思います.しかし結果を出せば,予算の問題も解決し,インターフェイスやシステム全体もブラッシュアップされることでしょう.まずは,ご批判をいただきながら,登録の労力に値するデータを提示できるシステムでありたい,そして継続的事業として成長し続けるシステムでありたい,それが私達の願いです.学会員の皆様の情報登録とご意見をお待ちしております.