日本小児循環器学会雑誌 第27巻 第2号 2011年

日本医科大学小児科
小川俊一

 2010年9月6日付けの朝日新聞の教育欄に「日本から海外に留学する学生数が伸び悩んでいる」との記事が掲載された.
 文部科学省によると,日本から海外に留学する高校生以下を除く学生数は,2000年にはおよそ76,000人,その後2003年を除き,漸増し2004年が82,945人とピークに達し,その半数以上である42,215人が米国への留学であった.しかし,2005年以降は減少に転じ,2007年には75,156人となり,正確な数字は表わされていないが減少傾向はその後も続いているようである.最近の若者の内向き志向や昨今の経済事情,就職活動の早期化などが留学の阻害要因として上げられている.さらに,最近はinternetを中心とする情報の嵐が世界を席巻し,日本にいながらにして世界からの情報をreal timeで得ることが一般的となったことも1つの要因とされる.
 一方,昨今の日本を取り巻く事情,特に経済事情は決して安穏としてはいられないものとなっている.かつては絶大なブランド力を誇っていた日本だが,最近発表されたいくつかのデータから窺えるのは,“グローバル化に取り残される日本”である.最近の国際競争力の指数や国民一人当たりのGDPランキングなどがそれを如実に物語っている.国民一人当たりのGDPの世界ランキングでは,2000年に3位であったのがその後急落し,この数年,上昇傾向にはあるものの2010年には17位といまだ低迷が続いている.日本の得意分野である産業分野でも,世界的な需要が右肩上がりなのにもかかわらず高品質・高性能の日本製品の世界市場へのシェアは年々減少傾向にある.日本は世界の市場に打って出るための“グローバル力”に欠けているといわれ続けているが,打つ手がないのが現状のようである.この“グローバル力”を付けるには国際人を育てるのが一番で,それには海外留学が近道であるという論理になる.最近になり世界進出を狙う日本企業の中で“グローバル力”を少しでもupさせる一貫として社内の英語公用語化を始めている所もある.
 果たして,それはわれわれの世界ではどうか.学生の海外留学ばかりでなく,欧米に留学を希望する若い医師が減少しているということをよく耳にする.昨今の日本の科学,特に医学の向上は著しく,もはや欧米と肩を並べ,海外へ留学をしなくても,日本ですべてのことをやり繰りできるという人もいる.留学をするメリットは,もちろん“グローバル力”を付けることはもとより,臨床系では新たな医療技術の体験・習得や,mass studyから出されるevidenceを即座に掴み,そこからのデータをもとに診療・治療戦略を構築することが可能であるなどの利点がある.一方,基礎系では留学期間中,しばし厳しい臨床から離れ,腰を落ち着けて研究に励むことが可能となる.施設により多少の違いはあるが,研究に対する公的補助が日本とは桁違いであり,潤沢なgrantのもと,独創的な研究に着手することも可能である.さらに,留学期間中は学問から離れ,一時,異文化に身を委ね,価値観・歴史・考え方の違う多くの国々の人々と交流することも長い人生の中で有意義な時間となることは言を俟たない.
 日本小児循環器学会学術委員会では2006年1月から海外に留学を希望する若手医師に対して選考のうえ,理事長名で推薦状を出す海外留学推薦制度を開始した(詳細は学会home page, http://JSPCCS.umin.ac.jpより海外留学推薦応募をご参照ください).毎年数名の応募者がみられたが,昨年度は一人の応募者も出ない状態となった.
 留学先はその施設で代々受け継がれてきた所に行くことが多いように思うが,このような制度を活用し,新たに自分で留学先を開拓するのも大変重要と考える.留学先で得たものを日本に持ち帰ることにより,留学した本人の財産ばかりでなく,所属する施設,如いては日本の小児循環器医療に新風を吹き込むことにもつながる.
 「若者よ胸を張って海外へ渡ろう」.挑戦しようとする若手の医師の皆様へ,日本小児循環器学会は熱い気持ちで応援します.